「ボッチプレイヤーの冒険 〜最強みたいだけど、意味無いよなぁ〜」
第97話

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帝国との会見編
<皇帝陛下来場>



 先程私たちが来場してきた扉とは反対側の扉が開き、中から儀礼用に装飾された鎧を身に纏った騎士二人が出てきた。
 一人は見知った顔で、先日ロクシーさんと会った時に私に仕えたいなんてとんでもない事を言い出したレイナースさん、そしてもう一人は見知らぬ顔だ。
 パッと見、楯役の戦士っぽく見える顎鬚を蓄えた頑丈そうで強そうなおじさんなんだけど、レイナースさんが確か帝国四騎士のひとりだと名乗っていたし、この場にこの様な登場の仕方をするところを見ると、多分この人もその一人なんだと思う。
 衛星都市へと赴く、皇帝エル=ニクス陛下の護衛のトップと言った所なんだろうなぁ。

 現実逃避的にそんな事を考えながら階段の上を見ていると、その二人が両端に分かれて階段を降りてきて丁度真ん中辺りの所で止まる。
 そして二人は中央に向き直り、お互い向かい合って頭を下げた。
 それを確認して扉の前に控えていた人が、中にいる人への合図をするであるかのように頭を下げる。

 実際それが合図だったのだろうね、次の瞬間、扉の中から豪奢な衣に身を包んだ金髪の美丈夫が姿を現した。
 その姿を目にした私は、半分呆けたままだったにもかかわらず、無意識の内にゆっくりと頭を下げていた。

 これが王者の風格と言う奴なんだろうか? う〜ん、何をしたわけでもないのに他者に自然と頭を垂れさせる雰囲気を持つ、これが本物の王様と言う事なんだろう。
 偽者のなんちゃって女王である私では到底真似できない事だね。

 まぁ、そのような状況だから頭を下げたのは正しかったんだと思うよ。
 でもねぇ、ただ一つここで失敗したなぁと思うのは私の礼の仕方だろう。
 呆気に取られ、そのまま呆けていたものだから、自分が女性だと言う事を忘れていたのよ。

 私は普通ならカーテシーで迎えるべき所を、普通に頭を下げてしまっていた。
 う〜ん、これじゃあまるで他社を訪れてその会社の社長に挨拶している時みたいじゃないか。

 でも今更気がついても後の祭り。
 私は慌ててやり直すわけにも行かないからと、そのままの姿勢で皇帝が降りてくるのを待つのだった。


 ■


 ロクシーからの手紙に面白い娘がいるから見に来られませんか? との一文があり、戦争準備中は兵士や兵糧の移動などに文官の手が取られていたおかげで特に大きな仕事もなく、少々退屈をしていた私は「不動」に城を任せて「雷光」と共にこの衛星都市、イーノックカウの地を踏んだ。

 そうして久しぶりにあった彼女は、私の顔を見るなり開口一番こう言い放った。

 「都市国家イングウェンザーと言う小国の女王だそうです。姫ではないので残念ながら陛下のお相手にはならないようですが、まだ幼さが残る年齢ですのに頭の回転も速く、常に考えて動く女性ですよ。そして何より驚きなのがあのレイナースの呪いを解くほどの癒し手にもかかわらず、ふふふっ彼女曰くアルフィン様は自分よりもお強いのだそうですよ」

 なに!? それは何の冗談だ? それとも何かの比喩なのか?
 レイナースは女とは言え「重爆」の名を冠する我がバハルス帝国四騎士の一角を担うほどの猛者だぞ、その女王はあいつよりも強いと言うのか?

 それに馬鹿な、あの呪いを解いたと言うのか? いけ好かないとは言え、神殿の司教たちの腕は確かだ。
 その司教たちが誰も解くことができなかった呪いを解いたという事は我が国の誰よりも強力な癒しの技の使い手と言う事ではないか。

 辺境候といい、その都市国家イングウェンザーの女王といい、なぜ急にそんな力を持った者が私の前に現れだす?
 まさか繋がっている訳ではないよな?
 その疑問が頭を擡げた私は、そうロクシーに伝えたのだが、

 「辺境候様とアルフィン様が? 辺境候様とはジルクニフ陛下が危険視され、あのフールーダ卿を弟子にしたと言うアンデッドの王ですわよね? でしたらその心配はございませんわ。”あの”アルフィン様がそのような者と繋がる事はありえません。先程も申しましたが、アルフィン様は癒し手です。アンデッドとは敵対する側ですもの。それに先程ロックブルズの呪いを解いたと御話しましたでしょう? なぜそのような事になったのか、そしてその後の顛末をお話すれば陛下にも御納得いただけるかと思いますよ」

 なるほど、確かにそこで聞かされた話を聞いて私も納得した。
 しかしその話が事実ならばその娘はまるでただのお人好しのようではないか? いや、事実お人好しなのだろうか。

 だがその話が事実ならばあの忌まわしきアンデットとのつながりはないと断言できる。
 あの智謀の化け物とつながりのある者が、そのような短絡的で自分に何の理も無いのに自らの力を他国の者の前で晒すなどと言う事をするとは思えない。

 しかしだからと言って楽観視をする訳にはいかないようだ。
 その他に聞かされる都市国家イングウェンザーの異常さが際立っているからな。

 宝石をアクセサリーに加工しやすいよう同じ形と大きさになるまで削るとか、貴族とは言え子供が希少金属を持ち歩くとか、小国とは言えとんでもない財力を持つ事を証明するエピソードが多すぎる。
 そして当日女王と共に来る美貌の女性騎士が地方緑酒の庭にあった鎧型の鉄の塊を、イーノックカウの騎士隊長から借りた剣で両断し、その騎士からかのガゼフ・ストロノーフを上回る力量であると言わしめた話など、都市国家イングウェンザーがただの小国などではなく、それ相応の力を持った国であると認識させられる話ばかりだったからだ。

 だがそんな話とは裏腹に、その後もロクシーからその可愛らしい少女女王の話を聞き続け、強さと財力、そして甘さを併せ持つ都市国家イングウェンザーと言う小国とそのトップに立つと言う少女に少々興味を引かれた私は、そのアルフィンと言う娘に合うのが少しだけ楽しみになった。



 そしてパーティー当日。

 都市国家イングウェンザー側には私が来場する事は伝えていない。
 それどころか今回の招待客には誰も知らせておらず、会場内にいる者で知っているのはロクシーとその護衛、そして儀典官たちだけとの話だった。

 私の来場を儀典官が告げると予想通り会場は喧騒に包まれたな。
 ロクシーは私の愛妾とは言え平民、その彼女の招待だからと気を抜き、蔑んだ様な目を向ける者もいたであろうが、そのような者たちは今頃心から肝を冷やしている事であろう。

 そして一番の楽しみはロクシーから散々話を聞かされた少女、都市国家イングウェンザーの女王がどのような態度を取っているかだ。
 扉が開き、バジウッドとレイナースが出て行ったのを確認した後、私は扉前に付けられた幕の間からこっそりと会場に目を向ける。
 すると我が国の遺族たちはすべて傅いており、都市国家イングウェンザーの者たちも一人を除いて頭を下げていた。
 そしてその頭を下げていない唯一の者が多分イングウェンザー女王、アルフィンなのだろう。

 月の光のように輝く美しい髪と整いすぎていると表現してもいいほど美しい顔は確かに人の目をひきつける。
 王国の黄金姫に匹敵する、いやもしかするとそれ以上の美貌だ。
 名付けるなら白金姫と言った所か? いや、それでは二番煎じに聞こえるか。

 どうやら私には名付けの才能は無いなとなと自虐的に苦笑しながら彼女の観察を続ける。
 緊張からか少々強張った顔をしているものの、一人頭を下げず歩を進める二人を見つめているのは小国とは言え王と言う立場であるからだろう。

 私が来場したのならともかく、今はまだ騎士二人が来場しただけなのだ。
 ここで彼女が頭を下げていたらきっと私も興味を失っていた。
 特異な部分があるとは言え、やはりこの国も我が国に媚びを売る小国の一つかと考えてな。

 しかしまだ幼さが残るにもかかわらず、周りに流されず気丈に立つその姿は賞賛に値するものだ。
 自分の国の中でならともかく、周りは殆ど知らぬ者ばかりで供も少数、その上いきなりで何の心構えもないままこの私との謁見をする事になったのだから、きっと心細いであろうに。
 うつむかず、階上を見つめるその瞳は伏せられることもなく、じっと我が騎士たちを見つめている。
 その心意気や良し。

 私も小国の女王とは侮らず、対等な王として相対してやろう。

 そう考えて私は階上へ徒歩を進めた。
 そしてそんな私の目に映ったのは、ゆっくりと頭を下げるイングウェンザー女王、アルフィンの姿。
 ただその礼は淑女のするカーテシーではなく、両手をまっすぐに伸ばす直立不動の姿からゆっくりと頭を下げる、見た事のないものだった。
 いや、男性がやっているのなら特に珍しくはないであろう挨拶なのだが、そのような礼を騎士でもない、それも少女と言っても差し支えのない着飾った女性がしている姿を見るのは初めてだった。
 それだけにその姿はとても奇異なものに見えるし、長い髪が垂れてその表情はまるで窺い知る事ができないことから余計にこの礼にどんな意図があるのかが解らなかった。

 そして少しの不安感が頭を擡げる私が階段を会場まで降りきり、近くに歩を進めるまで彼女はその姿のままの姿勢を保ち続け、目の前に私が立った事でやっと彼女は頭を上げた。

 「ほうっ」

 そんな彼女の顔は、つい口から感嘆の言葉が漏れるほど華やかで、それでいていたずらが成功して嬉しそうな少女が作る満面の笑顔だった。


 ■


 階段に敷いてある赤い絨毯を靴音を鳴らしながら皇帝が降りてくる。
 そんな音を聞きながら私の頭の中は猛烈な勢いで回転していた。
 考えろ私、なんとかこの状況を乗り切らなければ。 

 常識的に考えて、ここで私は二つの失敗をしている。

 一つは皇帝陛下が来場すると言うのに扉が開いても頭を下げなかったと言う事。
 そしてもう一つは女性の挨拶であるカーテシ−ではなく、それどころか多分普通の男性が皇帝陛下に対して行うであろう挨拶ですらない、直立不動からの30度程度頭を下げただけの挨拶をしてしまったという事だ。

 まぁ、扉が開いてすぐに頭を下げなかったのはなんとでも言い訳が立つと思う。
 まだ皇帝が来場した訳じゃないし、私は仮にも他国の女王と言う立場なのだから、大国とは言え護衛の騎士に頭を下げるのはおかしいからね。
 いや、昔の日本では使者や先触れは殿と同じで上において礼を尽くさないといけなかったというし、もしかすると失礼だったかもしれないけど。

 うん、これに関しては私の国はこうですと言って何とか乗り切ろう。
 許してくれなかったら・・・とにかく逃げよう、それしかない。

 さて、次に今の私の格好だけど・・・これはどうしようもないよなぁ、実際やってしまっているし、どうやっても言い訳できないもん。
 とりあえず頭は下げてるから失礼な態度ではないけど、横目で見た感じ貴族男性は45度のお辞儀をしている。
 所謂最敬礼だ。

 と言う事は皇帝に対して行う礼としては男性が行う礼と同じ様なものだとしても、この礼は失格と言う事になる。
 かと言って、これから最敬礼に切り替えるのも無しだ、だってそれはこの礼が失礼なのだと認めるという事なのだから。

 どうかして今の状況が正しいのだと言う結論に持っていかないといけないのよね。
 でもどうしよう? 普段ならギャリソンにでも相談するんだけど、今この状況でそんな事ができるわけがない。
 いや、メッセージを送ればできない事はないんだよ、あれは思念で会話をするから外には声が漏れないし。
 でもさぁ、いきなりこんな所で、それも皇帝陛下がいる場所で魔法なんか使うのは流石に・・・ねぇ。

 探知系の魔法が仕掛けられていたら、これが原因で一気に戦争に! なんて事になりかねないから流石にそれはパス。
 と言う訳で私一人で考えるしかない。

 で、出した結論なんだけど・・・笑ってごまかす! これ一択。
 いや冗談じゃなく、多分これが正解だと思うのよね。

 だってこの状況ってロクシーさんが私に仕掛けたドッキリなんだと思うのよ。
 だからこそ、私は礼儀として驚いてあげないといけなかったのに私は驚かずに礼をしてしまったんだよね。
 いや実際は驚いているんだけど、傍から見たらそうは見えないであろうと言うのがいただけない。
 でも、それならばこのドッキリはまだ終わっていなかったんだよって体で進めるべきだろう。

 でもこれ以上ロクシーさんや皇帝からドッキリの続きを仕掛けられる事はないから、もし続けるのであれば私のほうでそれを引き継ぐ必要があるの。
 そして今この状況は、その体で進めるのにはもってこいの状況とも言える、だって私だけが特殊な状況下にあるんだから。

 ではどうしたらドッキリの続きに出来るかなんだけど、そこで先ほどの笑ってごまかすに繋がるのよ。
 カーテシーと違って、今の状態だと髪の毛に隠れて私の表情は皇帝からは見えていないと思う。
 だから皇帝が目の前に着たら思いっきり笑ってやるのだ、それこそ私が出来る最大の満面の笑顔で。
 そうすることによって、頭のいいロクシーさんはきっと笑ってくれると思う。
 だってその笑顔は私が始めてロクシーさんに会った時の、彼女から初めてドッキリを仕掛けられた時の顔なんだから。

 ロクシーさんが仕掛けたドッキリに対して私は気を悪くせず、きちんと解っていますよと、笑顔で皇帝を出迎えているんですよと彼女が解ってくれたのなら、きっとこの失礼な態度もとりなしてくれるはずだから。



 コツコツコツ。

 階段を降りきり、皇帝が私の前まで歩を進めた。
 幸いな事に30度礼をしている私の目線では皇帝の後ろに地味目なドレスとパンプスを履いた女性の足が見えていた。
 うん、ロクシーさん、ちゃんと皇帝と一緒に来てくれたね、ここで皇帝だけが私に近づいてきたらどうしようと思ったわ。

 皇帝が完全に立ち止まったのを確認して私は声をかけられる前に顔をあげる。
 それこそ、これ以上ないという笑顔を作って。

 そしてそのままロクシーさんのほうに目線をづらした。

 「ロクシー様、紹介していただけますか?」

 そう言って満面の笑みから表情を微笑みに変える。

 「ほほほほほほっ、畏まりましたわ、アルフィン様。此方が我がバハルス帝国の偉大なる皇帝、ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス陛下です」

 「お初にお目にかかります。都市国家イングウェンザー女王、アルフィンです。以後お見知りおきを」

 「そう畏まらずとも良い、アルフィン殿。国の大小があるとは言え、共に王と名のつく立場にいる者ではないか」

 「ありがとうございます。そう言っていただけると心の荷が下りますわ」

 私はそう言うとにっこりと笑う。
 これも打算。
 満面の笑みでも微笑みでもないのは私の姿かたちを考えての事だ。

 相手からすれば少女と言ってもおかしくない姿の私が微笑みかけたからと言って皇帝がどうこうなるはずもないし、ならば此方はあまり経験のない小娘ですよと言う態度で合い対した方がいいだろうと考えたからだ。
 そしてその態度は正解だったようで、

 「ロクシーからは可愛らしい少女だと聞いていたが、確かにそのようだ。立場による重圧はあるだろうが、がんばりなさい」

 「はい」

 とりあえずこの場では女王と言う名の他国の小娘として扱ってくれるようだ。
 まぁ、その態度がこのパーティーの後も続くなんて甘い考えは私もしてないけどね。


 

あとがきのような、言い訳のようなもの



 2週続けて5500文字程度といつもよりちょっとだけ短いです。
 と言うのも書いているうちにジルクニフの口調や性格が私の中であやふやになり、書籍やwebを読み直して書いていたのでいつもよりかなり時間が掛かってしまったからです。
 そこまでしてもちょっと気に入らないんだよなぁ。
 四騎士相手の素の姿からすると、心の中で考えている事なんだからもうちょっと砕けた感じな気もするし、かと言ってこれ以上やると今度は軽くなりすぎるし。

 それに一人称も私か俺で悩みました。
 普段は私なんだけど、大虐殺の魔法の事で愚痴を言った時に俺と言ってるんですよね。
 でも皇帝である以上、普段から思考の中でも私と言っている気がするんですよ、だってそうしないとこのようにあせった時につい出てしまうから。

 あの”俺"はあまりの状況に幼児退行したと言う表現だと考えて、今回は”私”を採用しました。


 さて来週ですが、また東京へ行き、月曜まで帰ってきません。
 出張ではないので代休もありませんし、おまけに今週は中盤に泊まり出張もあるので平日に書くこともできません。
 この様な事情ですので来週はお休みさせていただき、次回更新は5日になります。


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